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3 slides

写真を3枚とります

被災カメラ

長崎県島原市の雲仙岳災害記念館で、1991年に起きた雲仙普賢岳の火砕流に被災した「被災カメラ」を見た。

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ニコン製400mm超望遠レンズ。毎日新聞さんのもので、1991年6月3日に被災し、2005年6月22日に採取されたと説明にあった。三脚座の形状やネジの位置などから、1985年発売のAi Nikkor ED 400mm F2.8S (IF)と思われる。三脚は当時から定番のハスキー クイックセット。塗装や、ゴム、プラスティックの部品だけが溶けて、金属とガラスだけが残っている。

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Nikon FM2。ニコン製マニュアルカメラの名機である。持ち主は不明で、シリアルナンバーを手がかりに現在探しているそうだ。熱の影響とあわせて腐食も激しい。上カバーやペンタプリズム、底蓋、ストラップ環などは残っている。1991年ごろのFM2は、広く利用されていたカメラである。報道カメラマンのサブカメラかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

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Sonyの放送用ビデオカメラで、日本テレビさんのもの。外観と1991年現役であることから、BVP-70とBVV-5と推測する。ベータカムなのは間違いない。レンズはフジノン製のかなり望遠なもの。ズーム環に「11.5」と「276」の文字がかろうじて読めるので、24倍ズームのようだ。B4マウントでA24×11.5のフジノンレンズは存在するようなので、きっとこのたぐいだろう。

3枚目のカメラからは、テープが回収、復元された。日本テレビは、この復元したテープをもとに、2005年10月17日「解かれた封印 雲仙 大火砕流・378秒の遺言」という番組として放映した。雲仙岳災害記念館では、この番組も閲覧できる。

雲仙岳災害記念館にはほかにも被災カメラとして、読売新聞さんのAiS800mmF5.6、NHKさんのベータカム、樹脂がすっかりとけ落ちて繊維だけの状態になったザハトラーのカーボン三脚、中継用と思われる箱レンズつきのカメラなどが展示されている。

自然災害の取材はしたことがない。難しそうである。当時現場であったような、盗電とか無断立ち入りはもちろんダメである。とはいえ、自分が20代の血気盛んな若者だったら、まあ、やらかしてしまうかもしれない。たいへんよくない。昔、お師匠さんに教わった「撮影するのが仕事じゃなくて、撮影した写真を無事に届けるのが仕事」って言葉の意味を思い出す。

1991年6月3日の大規模な火砕流で、なくなった43人のかたのご冥福をお祈りします。

Nikon D700 + Ai AF-S Zoom Nikkor ED28-70mm F2.8D